第312回 東京レントゲンカンファレンス
2009年4月23日

症例5 20歳代 女性

 

    卵巣未分化胚細胞腫
  dysgerminoma of left ovary

 

臨床情報
20歳代、若年女性の骨盤部腫瘍
腫瘍マーカーは CA19-9, CA125, BFPがそれぞれ中等度高値。必ずしも癌とするほどの上昇ではない。
 (他の数値が上昇している)
貧血様の訴えがあるが、測定時点で赤血球値は正常範囲内にある。

画像所見のまとめ
CT
・造影前の画像がないが、子宮前面に充実性腫瘤が認められる。内部には壊死様の低吸収域が見られる。
 おそらく石灰化や脂肪織は含まない。
MRI
・腫瘤はT1WIにて筋組織と等信号、T2WIにて子宮筋層と同等の中等度高信号を示している。
 内部にはひび割れ状のパターンをとるT2WI高信号域を含む。造影では全体がやや強く染まる。
・左卵巣とのbeak signが陽性か(判断難しい)。左卵巣静脈が拡張しており、feederである可能性が考えられる。
・子宮は双角である(腫瘤の鑑別には絡んできません)。
・5ヶ月で増大するが、性状に大きな変化はない。

入院後経過
初診時のMRIでは、変性筋腫が疑われ経過観察となった。
5ヶ月後のfollow up MRIにて増大(12cm→17cm)が明らかであったため、悪性所見は乏しいものの、
 子宮肉腫や卵巣腫瘍が疑われた。
腫瘍切除目的にて入院。初診から半年後 左卵巣腫瘍摘除術が施行された。
 ・ 左卵巣腫瘍(19x11x8mm)、卵巣及び卵管が摘除された。
腹水細胞診が陽性であったが、BEP療法を施行し再発無く経過している。

手術所見
  ・右卵巣に20x10x8cmの充実性腫瘍を認め、これを切除。
・淡血性の腹水が認められた。

肉眼所見
  ・被膜を有し境界明瞭
・乳白色充実性
・内部には隔壁様構造

組織所見
・いずれの標本においても同様に、異型細胞のdiffuseな増殖を認める。
・異型細胞は核小体、核膜が明瞭で、不整核、明るい胞体を有している。 apotosisやmitosisが散見される。
・間質にリンパ球の浸潤を伴い、two cell patternを呈している。syncytiotrophoblastic cellは認めない。
・被膜を越える浸潤はない。
・PLAL染色は陽性。AFP, hCG, PAS染色は陰性。

組織診断
dysgerminoma of left ovary

卵巣未分化胚細胞腫
精上衣腫、胚芽腫と病理組織学的に同等の胚細胞腫瘍。
卵巣胚細胞腫瘍では最多。 10-20歳代に好発する。
悪性度は様々だが、治療の感受性は高く予後は良好。
腫瘍マーカーはあまり上昇せず、LDHやALPの上昇を見る。
胚細胞腫瘍の分類
 ・原始胚細胞由来:未分化胚細胞腫dysgerminoma
 ・分化可能な多機能細胞由来:胎児性癌embryonal ca.
   ・胎児成分に分化傾向:奇形腫teratoma
   ・胎児外成分に分化傾向
     ・卵黄嚢への分化:卵黄嚢腫瘍yolk sac tuor
     ・栄養膜への分化:絨毛上皮癌choriocarcinoma
卵巣悪性胚細胞腫(卵巣悪性腫瘍の8%を占める)
 ・未分化胚細胞腫 dysgerminoma
 ・卵黄嚢腫瘍 Yolk sac tumor
 ・未熟奇形腫 immature teratoma
 ・類皮嚢胞癌 termoid carcinoma
 ・その他、あるいは混合型
未分化胚細胞腫の10%に、他の胚細胞腫瘍の混在がある。
 本症は基本的に大型であっても内部は概ね均一であり、出血を含めば絨毛癌、
 粘液変性や壊死を含めば卵黄嚢腫瘍や胎芽性癌が潜んでいる可能性がある。
 本症PLAP以外の抗原がほとんど陰性であるため、AFP染色などが鑑別に有用。

卵巣未分化胚細胞腫の画像診断
分葉状の充実性腫瘤で、しばしば大型となる。
出血や嚢胞成分は目立たず、大型であっても内部は比較的均一であることが多い。
石灰化を伴うことがあるが稀で、この場合はgonadblastomaの存在が疑われる。
線維血管性隔壁fibrovascular septaが特徴的。隔壁はT2WIで低信号を示し、強い造影効果を示す。
 ・だが、この線維血管性隔壁はしばしば浮腫をきたしT2WIで高信号を示すことがある。
 ・造影効果が見られないこともあり、常に教科書的であるとは限らない。
          Kiajima K. et al. MRI appearances of ovarian dysgerminoma. Euro j Radiol 61(2007) 23-25
          Jung SE, et al. CT and MR imaging of ovarian tumors with emphasis on differential diagnosis. Radiographics.2002;22:1305_25

本例の画像診断
発症年齢は20歳代(前半)で合致する。
腫瘍マーカーは中等度の上昇で、矛盾がない。
  術前のLDHは1294,ALPは541と上昇しており、特異的ではないが合致している。
本症に特異性が高いとされる、典型的な線維血管性隔壁が見られない。
  線維血管性隔壁に浮腫をきたし、造影効果が弱くなっている非典型的な一例と考えられる。
このため、変性子宮筋腫や硬化性間質腫瘍との鑑別が難しく、当院でも初診時は変性子宮筋腫と報告していた。
若年者の卵巣に、大型だが比較的内部均一な分葉状腫瘍を認めた場合、
  教科書的な線維血管性隔壁を認めずともdysgerminomaを念頭に置く必要があると考えられる。
  (LDHやALPをチラ見して、無意味に高かったら勝負に出る価値ありかも?)



≪≪症例提示へ戻る

Moderator: 古橋 哲