低血糖脳症
hypoglycemic encephalopathy
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<意識障害を来しうる両側性の広範な皮質障害>
・低血糖脳症
・低酸素性脳症
・痙攣後脳症
・ウイルス感染に伴う脳炎脳症
・Creutzfeldt-Jacob病
・薬剤性脳症
・PRES
・ADEM(急性播種性脳脊髄炎)
・血管炎
・低血糖(40-60mg/dl以下)の原因としては、糖尿病治療薬(特にインスリン)によるものが圧倒的に多く、
次いでインスリノーマ、膵外腫瘍の順に多い。
・低血糖が急激かつ重篤もしくは遷延した際に、中枢神経症状が出現し、記銘力低下→意識障害→昏睡から死(2-4%)に至る。
通常、意識障害を来たすのはBS30mg/dl以下程度と考えられる。
・速やかな血糖補正により、画像で一過性所見を呈するのみの予後良好群(神経学的後遺症なし)と、
非可逆的脳損傷を残す予後不良群とがある。
【予後】
・来院時の重度の低血糖、長い低血糖持続時間、高めの体温、低い乳酸値は、来院1週間後における不良な神経学的予後と関連がある。
・ただし正確にどの程度予測ができるかというエビデンスは見当たらず、長期の神経学的予後に関しては不明。
【所見】
・早期(1日以内)にMRIのDWIで半卵円中心、放線冠、側脳室周囲、内包、脳梁膨大部の白質と大脳皮質、海馬、
線条体に異常信号を生じる。視床、脳幹、小脳は保たれる傾向。
・予後良好型;発症早期(1日以内)のMRIが正常 or 内包、放線冠、脳梁膨大部の局所のみにDWIで病変が見られる場合。
糖の投与で迅速に症状も画像所見も改善する場合が多い。
・予後不良型;MRIで広範な両側性の白質病変や広範な大脳皮質病変、線条体病変を示す患者の予後は悪い報告が多い。
しかし、完全な回復を示す例も報告されている。
低血糖脳症によるMRI信号変化の機序
・グルコースの枯渇に伴い、代謝エネルギーが低下する。
・Na-K ポンプ不全(直接障害) → 細胞内水腫(急性期)
・神経興奮物質の増加(間接障害)→細胞内水腫(急性期)
→Ca++イオンの細胞内流入(亜急性期)
→ 神経細胞死
・髄鞘は神経興奮物質を取り込んで自ら腫脹し(髄鞘浮腫)、神経細胞を保護しているという報告がある。
頭部単純MRIの変化
・初期にみられた白質のDWI高信号=髄鞘内の浮腫
・後に生じた皮質,皮質下のDWI高信号=神経細胞内水腫および神経細胞死
・低血糖脳症では、細胞外浮腫の影響が少ないため、細胞性浮腫および壊死した部分(皮質)とその周囲(皮質下)のみが明瞭に異常信号として捉えられている可能性が考えられる。
参考:疾患別の信号変化部位の比較
・低血糖脳症では、視床・脳幹小脳病変は基本的に無し!⇔低酸素脳症では、視床病変はほぼ必須!
・低血糖脳症では海馬病変はほぼ必須!⇔ CJDでは、末期まで海馬は保たれる!
・ちなみに、低血糖脳症で視床, 脳幹, 小脳に病変が生じない理由
➀脳幹(特に視床)、小脳;グルコース輸送が豊富
➁視床;ATPが多い
・「昏睡を来すほど重度ではない血糖値」でも、DWIで左右対称の広範な病変を見た際は、低血糖脳症を鑑別にあげる必要がある。
・低酸素脳症との鑑別が困難なこともあるが、視床病変が無ければ低酸素脳症は考えにくいことが参考になる。
・低血糖脳症の画像所見は、皮質主体のものから白質主体のものまで様々だが、
発症からの経過時間や重症度による違いに起因すると考えられる。
DWI高信号が白質のみで皮質に及んでいない ≠ 「予後良好」。 →皮質の異常信号は白質に遅れて顕在化しうることを念頭に。
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