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第 397 回 東京レントゲンカンファレンス[2020年1月23日]

症例5 70歳代 女性:頭痛
歯性感染による頭蓋底骨髄炎、硬膜炎、咀嚼筋間隙膿瘍
skull base osteomyelitis, pachymeningitis,
masticator space abscess spreading from infections of the mandibular teeth

 

 鑑別疾患

・頭蓋底・左下顎骨頭骨髄の異常信号・異常増強効果や、左内側・外側翼突筋、左側頭筋腫脹・異常増強効果→悪性リンパ腫(骨については骨破壊所見に乏しいので、頭蓋底転移は鑑別の順位が下がる)
・左海綿静脈洞軟部構造→真菌感染としてはT2強調像での信号がやや高く、非典型的
・左海綿静脈洞軟部構造 +「左目の奥が痛い」臨床症状あり→眼窩先端部症候群
・硬膜肥厚→肥厚性硬膜炎

などが挙げられる。

 

 放線菌、放線菌症とは

・放線菌属の多くは好気性菌で病原性を持たないが、その一種であるactinomyces嫌気性菌感染性を有する
・ヒトの口腔消化管常在する。
放線菌症とは、主にActinomyces israeriiによる感染
顎顔面領域に占める割合は55〜65%・・・多い
CNS(central nervous system)への進展例は2-3% (非常に稀)
・本例は顎放線菌症(common)のCNS進展(uncommon)

 

 顎顔面放線菌症:Actinomycosis, cervicofacial disease

・原因;歯性感染(免疫不全なし)
・リスクファクター;口腔内衛生状態不良、最近の抜歯歴齲歯、口腔・顔面外傷、慢性扁桃炎、
 中耳炎(最近では、放射線性顎骨壊死、BRONJも)
・好発部位;下顎角、顎下部、頬部、おとがい下部、咀嚼筋間隙顎関節

【一般論】
咀嚼筋間隙の中心に下顎骨枝と下顎骨体部後部が存在→歯性感染が咀嚼筋間隙に進展
(*本症例は上顎歯の感染なので、この経路に一致しない)

顎部放線菌症36例の検討
石原博史ほか.新潟歯学会誌 21巻2号 1991年 141−149・年齢;20代が最多(16例)、次いで60代(7例)、30代(6例)
・性別;男性28例、女性8例
・臨床病型;顎骨周囲炎型(34例)、顎骨骨髄炎型(1例)、リンパ節炎型(1例)
・原因;歯性感染34例、義歯による褥瘡2例
・原因歯;最多は下顎智歯(14例)、ついで下顎第一臼歯(8例)。上顎歯は稀(4例)。

・急性;軟部組織腫脹、疼痛を伴う膿瘍あるいは腫瘤
・亜急性から慢性;硬結を伴う無痛性腫瘤(しばしば皮膚面に達する)。開口障害。
・比較的均一な造影増強効果を有する腫瘤、内部に小さな壊死/嚢胞成分を有する
 →豊富な肉芽組織、線維成分を反映
上顎骨病変は稀骨髄炎、上顎洞や皮膚との瘻孔を形成する。

筋膜を越えて周囲頸部間隙に進展→放線菌の有する蛋白分解酵素による
・放線菌はリンパ行性に進展しない(放線菌の「大きさ」が原因)
・強い造影・増強効果を有する腫瘤形成;悪性病変との鑑別→放線菌症は、周囲のリンパ節腫大に乏しい
・「筋線維の走行が保たれたまま」の増強効果…筋炎様

顎放線菌症の治療
確立された手法はないが・・・
・消炎手術(切開、掻爬等)
・抗菌薬投与;ペニシリン、セフェム系はほぼ100%の感受性を有する
・抗菌薬投与期間;1〜2ヶ月
・慢性型の場合、病巣部の線維化が進行し血流が低下、薬剤移行性も低下するため、大量あるいは長期投与を要する

 

 CNS感染

【進展経路】
・直接進展 (筋膜・結合組織や頭蓋底の孔を介して)
筋膜に沿って、頭蓋底や髄膜へ進展
・神経周囲進展
血行性(common)
・症状は頭蓋内膿瘍(細菌性)に類似するが、比較的軽度のため、診断まで時間を要する
・半数では、発熱なし

 

 感染の進展経路

・顎顔面
 ─感染臼歯の上顎歯槽突起→翼口蓋窩→蝶形骨(翼状突起)→外側翼突筋→下顎骨関節突起(下顎骨頭)→下顎骨筋突起→側頭筋
・頭部
 ─感染臼歯の上顎歯槽突起→翼口蓋窩→蝶形骨→後頭骨

 

 教訓:「依頼情報」の大切さ

・「頭痛」で来院、「頭痛」の原因精査・・・頭部領域メインの検査。
・実は…歯科治療(抜歯)歴あり。→情報が依頼科のうち、主科のみで止まっていた。
・頑固な「頭痛」の原因は頭蓋底骨髄炎、硬膜炎(髄膜炎)、海綿静脈洞炎 
 →消炎鎮痛剤の効果がないのは、至極尤もなことである。

・初期は、咀嚼筋間隙の膿瘍形成が目立たない
開口障害もない・・・「頭痛」の訴え
・感染源と思われる、左上7番抜歯窩の異常所見に乏しい
→歯性感染由来を疑いにくい

・上顎臼歯は顎顔面放線菌症の好発部位ではない。
症状も非典型的で、本症例は顎顔面領域は無症状。急性症状の開口障害はなく、亜急性から慢性炎症としても、硬結もない。炎症の主座が、外側翼突筋など、深部に優位だったからか。
→正しい診断に辿り着くのに困難

・歯性感染・歯科治療の既往が分かっていれば、もう少し早く、正しい診断に至ることが出来たかも知れない
・頭蓋底の原因不明の骨髄炎、頭蓋底骨髄炎から波及したと思われる硬膜炎/髄膜炎を見たら、歯性感染の可能性を考える
・頭頸部筋膜を越えた炎症波及を見たら、「筋炎様」の所見を見たら、actinomycosisの可能性を考える

 


参考文献

  • Heo SH, et al; Radiographics. 2014 Jan-Feb;34(1):19-33. doi: 10.1148/rg.341135077.