分節性動脈中膜融解 SAM(segmental arterial mediolysis) |
画像所見 |
造影CT画像所見(来院8日後) | |
SMA本幹に偽腔閉鎖した解離 | 空腸枝に壁不整と小動脈瘤 |
中結腸動脈に数珠状の不整な拡張と狭小化 |
回腸枝に小動脈瘤 | IMA分枝の紡錘状拡張 |
右腎動脈の壁不整 | 左腎動脈の小動脈瘤 | |
本症例の鑑別診断 |
- 本症例のまとめ -
・中年男性の原因不明のクモ膜下出血
・SMA本幹に解離、SMA・IMA分枝に多発動脈瘤と壁不整を認めた
・腎動脈にも小動脈瘤と壁不整
・各種自己抗体スクリーニングは陰性
( IgG, IgA, IgM, IgE, RF, 抗核抗体, 抗DNA抗体, PR3-ANCA, MPO-ANCA, IgG4 )
・感染徴候はみられず、血液培養や髄液培養も陰性
・遺伝性の家族歴なし、身体的特徴なし
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- 鑑別疾患 -
・分節性動脈中膜壊死(SAM:segmental arterial mediolysis)
・線維筋性異形成(FMD:fibromuscular dysplasia)
・血管炎、膠原病→ 結節性多発動脈炎、血管ベーチェット
・感染性動脈瘤
・遺伝性疾患(Marfan症候群、Ehlars Danlos症候群血管型)
経過 |
・水頭症の悪化が認められ来院35日目にVPシャント造設。
・その際に、SMAの動脈瘤の1か所を切除し、病理に提出した。
病理所見
・筋性動脈の瘤部において、中膜が分節状に残存し線維化を伴う
・それ以外の3/4周にわたって中膜は消失し、内腔の拡張がみられる
➡ | 陳旧化したSAMとして矛盾しない所見 |
脳血管造影の経過 |
・Spasm期を過ぎても脳血管狭小化所見(→)は一部残存 ・しかし、動脈瘤など明らかな出血源は指摘できず |
・椎骨動脈の壁不整は残存 ・来院22日目に左椎骨動脈V2部(C3/4レベル)に新たに動脈瘤出現 |
左椎骨動脈の経過 |
・来院53日目:22日目とは別の部位に新たに解離性動脈瘤が出現。 ・来院22日目に認めた動脈瘤は消失。 |
腹部血管の経過 –SMA- |
・来院8日→25日目:SMA分枝の多発動脈瘤が増大( ○ ) 。 ・来院25日→42日目:動脈瘤は一部縮小し、血栓化もみられた( ○ )。 |
腹部血管の経過 -IMA- |
・来院8日→25日目:IMA分枝の多発動脈瘤が増大( ○ )。 ・来院25日→42日目:動脈瘤は一部血栓化( ○ )。 |
Q.考えられるSAHの原因は?
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A.分節性動脈中膜融解:SAM(segmental arterial mediolysis
その後
・保存的治療の方針で外来で経過観察中。 ・腹部血管はCTAで、頭部血管はMRAでフォローしている。 ・2年経過したが、腹部血管の多発動脈瘤は縮小、消失し、頭部血管に動脈瘤の出現はない。 |
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・中結腸動脈瘤のみ残存しているが縮小傾向 ・右腎動脈の壁不整と左腎の小動脈瘤は不変 ・その他、動脈瘤は血栓化、消失 |
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分節性動脈中膜融解(SAM) |
疾患概念
・1976年にSlavinらが提唱した概念。
・非炎症性、非動脈硬化性の病態であり、主として腹部内臓動脈の中膜が分節状に融解することで動脈解離/瘤を形成する病態である。
・単一の動脈系のみだけでなく広い範囲に分布して多発性に認められることが多い。
疫学・症状
・1995年から2017年までの111症例を調査
・発症年齢:31〜88歳(中央値57歳)
・男性が2.17倍多い
・破裂・腹腔内出血によって発見されたものが86%
1)深掘 普, 他; 日臨外会誌 2018; 79(1):66-71
罹患部位
・1995年から2017年までの111症例を調査
・最多は結腸動脈系、次に胃動脈系、次に膵アーケード
・腹腔動脈本幹やSMA本幹で破裂に至った症例はない
1)深掘 普, 他; 日臨外会誌 2018; 79(1):66-71
画像所見
・血管造影やCTangiographyにて数珠状の不整な拡張と
狭小化(string of beads appearance)や多発する嚢状/紡錘状動脈瘤がみられる2)。
2)下平 政史; 臨床画像 2017; 33(3)
3)野口 哲央; 山口医学 2013; 62(4):241-246
原因
➀ 血管作動物質による血管攣縮を原因とする説
➁ 膠原病などの免疫異常を原因とする説
➂ 線維筋性異形成(FMD)の亜型ではないかとする説
➡原因については明らかにされていない
4)大屋 久晴 他; 日消外会誌 2010; 43(3):293-298
自然経過➀
・不明な点が多いが、短い期間で形態変化を示す場合がある。
・未破裂例では経過観察中に動脈瘤が消失したとの報告もあり3)。
・坂野ら5)はSAMによる中結腸動脈瘤破裂後に腹部内臓動脈に複数のSAM病変を認め、
術後25日目、58日目に血管造影で病変の推移を検討した。
➡まず動脈の拡張、次いで狭窄性病変が進展し、病変が治癒するという3段階の経過をとると指摘
3)野口 哲央; 山口医学 2013; 62(4):241-246
5)Sakano T, et al; Br J Radiol 1997; 70:656-658
自然経過➁
病理学的経過
➀ 受傷期 | ➁ 修復期 | |
まず中膜融解により動脈解離/瘤が形成される
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➡ |
中膜の欠損部が肉芽組織により修復される
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画像上の動脈瘤の消失は修復期の変化を反映していると考えられる。
2)下平 政史; 臨床画像 2017; 33(3)
脳血管病変
・脳血管のSAMの報告は2013年までで15例認める
・好発動脈:内頚動脈, 椎骨動脈
・解離53%, 動脈瘤33%, 動脈閉塞14%
・SAHの合併は20%
6)Daniel L Cooke, et al; J NeuroIntervent Surg 2013; 5:478-482・椎骨動脈解離破裂によるSAHの50剖検例の病理像の検討7)
・破裂血管の周囲に上記4つの状態が観察された。
・破裂の機序の推測:中膜融解→内膜断裂→外膜拡張→外膜破裂
・SAMに類似した中膜融解が広範囲にみられた。
➡ | 脳血管の動脈解離発症におけるSAMの関与が示唆
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脳血管と腹部血管の関連➀
・脳血管病変に続く腹部血管病変の発症またはその逆も引き起こす8)。
・Kalvaらの報告9):腹部血管のSAM14症例の経過観察中、3例で新たに内頸動脈や椎骨動脈に解離を生じた。
・Shinodaらの報告10):椎骨動脈解離によるSAH発症の8日後に中結腸動脈瘤の破裂から腹腔内出血をきたした。
➡ | SAMを疑った場合、全身血管の併発に留意が必要 |
脳血管と腹部血管の関連➁
・SAMによるSAH発症後ごく短期間で腹腔内出血を発症した例や新規病変が出現した例がみられる。
・Shinodaらの報告10):椎骨動脈解離によるSAH発症の8日後に中結腸動脈瘤の破裂。
・Fuseらの報告11):内頚動脈瘤破裂14日後に胃大網動脈破裂をきたした。
・Stetlerらの報告12):後交通動脈瘤破裂3日後に肝動脈瘤破裂をきたした。
・Danielらの報告6):椎骨動脈瘤破裂8日後に内胸動脈瘤が新規出現した。
➡ | SAMによるSAH発症後は血管攣縮により他部位の増悪リスクが高まる可能性がある6)。 |
脳血管・腹部血管以外の病変
・冠動脈13)、肺動脈14)、内胸動脈6)、総腸骨動脈14)、内腸骨動脈14)などの報告あり。
6)Daniel L Cooke, et al; J NeuroIntervent Surg 2013; 5:478-482
13)Slavin RE, et al; Am J Surg Pathol 1989; 13:558-568
14)Michael Shenouda, et al; Ann Vasc Surg 2014;28:269-277
本症例の考察
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・本症例は突然発症の腹痛の2日後にSAHを発症した。
SAMでは腹部血管病変に続く脳血管病変の発症やその逆の報告もあり、経過からもSAMが疑われる。
・本症例ではSAHの出血源は特定できなかったが、発症時に頭蓋外椎骨動脈に壁不整を認め、フォローで動脈瘤の出現を認めた。
SAMによるSAHの可能性が最も高いと考えられる。
Take Home Message |
・SAMは腹部血管だけでなく脳血管にも発生しSAHを発症しうる。
・腹部血管病変に続く脳血管病変の発症やその逆の報告もある。
・SAMを疑った場合は脳血管を含めた全身血管のスクリーニングが推奨され、続発病変への留意が必要である。
参考文献
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